2014年07月31日

禁パチについての究極の疑問の答えは「42」である?

禁パチ42日目。

7月も最後の1日となりました。
月の初めから終わりまで禁パチできたのはこれが初めて。
6月後半から禁パチを始めていたのがアドバンテージになりましたね。

それまでは「来月から禁パチしよう。だから今月は思いっきりやって有終の美を飾るんだ」と言いつつ、その来月がどんどん先延ばしになっていましたたらーっ(汗)


さて、42。
銀河ヒッチハイク・ガイド」というSF小説にこんな言葉があるそうです。

生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答えは「42」である。

 

その問いに対して、全時空で2番目に凄いといわれるコンピュータ「ディープ・ソート」が750万年かけて出した答えが『42』だったのだとか。

何のこっちゃ?
という我々の反応、感想こそが案外その答えの答えなのかもしれませんね。
宇宙の神秘も、人生の意味も、全てあってないようなもの。
色即是空、空即是色。

42という数字は日本では「死に」に通じる忌み数ですが、アメリカメジャーリーグでは「42 〜世界を変えた男〜」として好まれているらしいですし、文化や個人によっても解釈次第で42という数字の価値は変わってくるでしょう。

あらゆるものには元々意味なんてない。
人が、心がモノに意味を与え、価値を生み出す。

なんてことを、どこの誰かが言っていたような。

以前、禁パチ初期はパチンコをやめる意味や意義は考えるなと言いましたが、本来パチンコを打とうが打つまいが誰にとってもどうでもいいことなんですよね。

とかく人は流されがち。
だからこそ「自分」が大切になる。

禁パチに負の意味を与えかねない危険域を乗り切った不惑の今なら、そろそろ次の段階、自分なりに禁パチの意義を考えていってもいい頃合になってきたでしょうかね。
posted by やめる at 23:48 | Comment(0) | TrackBack(0) | 我流禁パチ道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月29日

不惑〜禁パチ40日目にして惑わず

禁パチ40日目。
而立〜禁パチ30日目にして立つから10日経ちました。


四十にして惑わず。〔論語 為政〕

禁パチ30日目でパチンコから精神的に自立。(而立)
しかし、この時点ではまだまだこれからという不安もありました。

そして迎えた40日目。
たまにパチンコの誘惑があるにはありますが、迷いなく禁パチ継続の道を歩めるようになった気がします。(不惑)




継続は力なり。

こうしてブログを開設して自己責任において禁パチを宣言し、一世一代の覚悟をもって実行に移したのが大きかったですね。

ネット上には登録型の禁パチ支援サイトが幾らか存在しますが、自分の経験上、登録としても漫然となってしまい、すぐに抑制力が薄れてしまいます。

その点、ブログは登録型より効果持続が期待できます。
無論、永遠絶対という確証はありません。


全ては自己責任。

禁パチブログ開設時には「必ずパチンコをやめる」という断パチモードでの覚悟が必須。
禁パチ継続中は肩肘張らず、頑張らない程度に頑張る。無理せず自然体で続けること。
それでも誘惑に負けそう、やばいと思った時は開設時と同じように覚悟を高める。

断パチより禁パチ、禁パチより脱パチ…だと思う

そうそう。
しばらくはパチンコをやめる意味や意義は考えずに、ただひたすら禁パチ継続のみに意識を集中することも重要です。(やめる意味を考え始めると、禁パチ自体無意味に思えたり、「やめなくていい」意味を模索してパチンコ屋に足が向いてしまう危険性あり)

こんな感じで臨機応変に、40日も経過すれば不惑の境地に達して禁パチがごく日常的に継続できるようになる可能性が非常に高いと思います。

以上、これまでの我流禁パチ道をざっと振り返ってみました。


不惑の禁パチライフ。

あなたも目指してみませんか?
不惑にして魅惑? 一度始めたらやめられない禁パチライフ?
不惑(まどわず)ですよ? 不殺(ころさず)じゃありませんよ?



「おろ?」

いや、もちろん不殺の精神は人として当然ですよ。
いくら人を殺したいと思っても、実行に移してしまっては、ね
posted by やめる at 22:10 | Comment(0) | TrackBack(0) | 我流禁パチ道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月25日

映画を観るかパチンコ打つか

禁パチ36日目。

本日は映画「GODZILLA」の公開日。
このブログで話題にしているうちにどんどん観たくなってきて、とうとう迎えた公開初日に迷わず観にいっちゃいましたよ。

ゴジラの登場場面が少ないのが少々残念でしたが、その分登場した時の迫力は満点で、怪獣映画としてもゴジラ映画としてもかなりの良作です。
ゴジラのデザインも最初に見た時は「太ったゴジラ?」と思ってしまったのですが、いざ動くとヘビー級のパワフルさで、しびれまくるバトルを魅せてくれました。



映画館に映画を観に行ったのは1年ぶりくらいになりますかね。
何せ、映画に行こうと思っても、常にパチンコ屋に足を運んでましたから。
どうせなら映画代をもっと増やしてやろう、なんてことを考えてしまうんですよ。
そして大抵は映画を観ることができなくなってしまうと…

何度そんなことを繰り返したか。

実は今日もちょっと心配で、必要最低限として2000円だけ持って出かけました。
以前なら2000円もあれば1パチか0.5パチで勝負してしまうところで、今日も少しそんな気分になりかけたような気もしますが、それ以上に映画を観たい気持ちが強かったので、無事にゴジラを観終えることができました。

禁パチの成果、ですね。
パチンコを打つより映画を観るほうが楽しいと思えたのは久しぶりです。
こういう体験を積み重ねていけば、禁パチもより確固たる継続が可能となっていくのでしょう。

映画を観るか、パチンコを打つか。

どちらも単なる娯楽であるから無意味ということもできれば、娯楽こそ人生の糧であり有意義なものということもできます。

要は、自分が楽しめればいいということですね。
ただパチンコの場合、大抵の場合は苦しむ結果になってしまいます。
自制できないと娯楽も地獄に様変わり。
だったら映画を観て感動するほうがずっと価値があります。

次は何の映画を観に行きましょうかね。
posted by やめる at 23:16 | Comment(0) | TrackBack(0) | 我流禁パチ道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年07月24日

禁パチ5週間達成 1ヶ月強弱の綱渡り

禁パチ35日目。
5週間達成です。

禁パチを開始してから1ヶ月あまり。
もう1ヶ月なのか、まだ1ヶ月なのか。
どっちの気持ちもありますね。

我ながらよくやったという開放的な気分と、いやいやまだまだこれからだという危機感が混在してますが、どっちと限定せずにありのままを受け入れるのが大事でしょう。

開放的な気分に流されてもダメですし、危機感にばかり注意がそれてもダメ。
どちらか一方に偏らず、うまく双方の感情のバランスを取ることが、禁パチを継続するうえで重要なんだと思います。
そのための心情、信条が「頑張らない程度に頑張る」なんですね。
自然体キープです。


ところで、1ヶ月弱とか1ヶ月強という表現がありますけど、35日はどっちでしょう?

単純なイメージだと、1ヶ月弱は「1ヶ月とちょっと」、1ヶ月強は「1ヶ月ともっと」という感じがしますが、どうやら勘違いだったようです。

正しくは、1ヶ月弱は「1ヶ月足らず」(1ヶ月に数日満たない)で、1ヶ月強は「1ヶ月あまり」(1ヶ月と数日)となっています。

言葉の強弱も加減が難しいですね?
posted by やめる at 23:30 | Comment(0) | TrackBack(0) | 我流禁パチ道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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